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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2778号 判決 1968年5月30日

控訴人(被告)

入沢一介

代理人

内藤功

外二名

被控訴人(原告)

株式会社鈴木商店

代理人

高橋秀雄

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人らが本件において手形金を請求している約束手形であることの明らかに認めることができる<証拠>によれば手形の要件(振出人の記載を含む)および裏書の記載として被控訴人ら各主張のとおりの記載があることを認めることできる。

<証拠>を併せ考えれば、被控訴会社は、甲第一号証の一、第二号証の一、第三号証の一の各手形の所持人であり、甲第九号証の手形は一旦被控訴人鈴木祐幸から訴外鈴木ハルヨに白地式裏書により譲渡したが、後これを取戻し、現に同被控訴人がその所持人であることを認めることができ、被控訴人らはそれぞれ適法にその手形を所持するものと推定されるところ、これを覆すに足る格別の証拠は全く存在しない。

二前段認定によれば、本件各手形の振出人の名称としては「山田製作所代表山田照夫」なる記載がなされているのであるが、各手形の実際についてみるに、振出人としての記載は「山田製作所代表山田照夫」なる記名と「山田」なる押印によつてされているのである。

被控訴人らは、山田製作所代表山田照夫なる名称が控訴人の別名であつて同人を表示するものである旨主張しているが、<証拠>によつても、右名称が控訴人を表示するものとは認め難いし、外にこれを認めることができる証拠はない。

しかしながら、<証拠>を総合するに、本件各手形の振出人の前記記名および押印はすべて控訴人がしたものであり、「山田製作所代表山田照夫」なる名称は、本件手形の受取人として記載してある訴外有限会社入沢商店の銀行取引の便宜のために同会社の別名として用いたものであること、および右のような別名使用は、受取人として記載された有限会社入沢商店が被控訴人らに裏書する際、第三者振出の廻り手形(いわゆる商業手形)の外観を呈し、信用を昂めることができることをもねらつたものであることを認めることができる。

<証拠>によれば、本件各手形は、受取人たる訴外有限会社入沢商店から被控訴会社に対する商品取引代金の支払のためにまたは右訴外会社が被控訴人らから手形割引を受けるために控訴人らに各裏書したものであるが、控訴人はその際右訴外会社が振出人から商取引の代金決済のために取得したものである旨説明して被控訴人らに交付したものであること、およびにもかかわらず振出人として記載された「山田照夫」なる者は、実在しない架空人であつて、前記訴外会社が銀行取引に使用したにすぎないものであることを認めることができる。また<証拠>によれば、被控訴人らは、本件手形を取得するにあたり、前記振出人の名称が受取人と記載されている有限会社入沢商店と異る別人であると考えていたことが認められる。そして右各認定に反する証拠はない。

右認定の事実からすれば、控訴人入沢一介は、訴外有限会社入沢商店の経済目的を達するために本件手形の振出人として「山田製作所代表山田照夫」なる記名押印を作出し、受取人として「有限会社入沢商店」なる記載をし、その代表者として自ら記名押印による裏書をし、これを被控訴会社鈴木商店または被控訴人鈴木祐幸に交付してその目的を達成したものであるが、被控訴人らに裏書交付するに際して「山田製作所代表山田照失」なる者と「有限会社入沢商店」とが同一人であることを被控訴人らに告知したことを認めるべき証拠がないから、被控訴人らは、控訴人の意図にかかわらず、本件各手形の振出人と受取人とは別人であるとの考えのもとにこれを取得したものというべきである。そして、この場合経済上は「山田製作所代表山田照夫」名義の振出と「有限会社入沢商店」名義の裏書が合体して有限会社入沢商店のためにその目的を達成していることになるわけであるけれども、法律的には架空人「山田製作所代表山田照夫」なる名義をもつて控訴人がした振出と控訴人が代表してした有限会社入沢商店の裏書に分つことができる。このような方法でした約束手形の振出には実際に記名押印をした者の名称が表示されていないからその者の署名があるということができないけれども、その者は、実際に振出人の記名押印を作出し、形式上有効な手形の外観を備えてこれを流通に置いたのであるから、手形法八条の規定の趣旨を類推して手形上の責任を負うべきものと解するのが相当である。したがつて、控訴人は本件各手形につき振出人の責任を免れることができないのである。《以下、省略》(小川善吉 萩原直三 川口富男)

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